体験談】血圧210超えの恐怖…朝3時起きのトラックドライバーを突然襲った激しいめまいと微小小脳出血の兆候

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今回は、私が「微小小脳出血」と診断される直前、実際に体に起こった激しい異変についてお話しします。

毎日の過酷な勤務や睡眠不足、そして放置していた高血圧……。今思えば、体は悲鳴を上げていました。「自分は大丈夫」と思っているドライバーの皆さんにこそ、ぜひ読んでいただきたいリアルな体験談です。

毎朝2時・3時起きの過酷な日常と慢性的な睡眠不足

当時の私は、トラックドライバーとして毎朝2時〜3時に起きる生活を送っていました。

長距離・中距離の配送スケジュールに合わせるため、睡眠時間はどうしても短くなりがちです。しかし、当時はそれが「ドライバーとして当たり前の生活」であり、自分の体力を過信していたこともあって、深く考えることもありませんでした。

そんな不規則な生活が何年も続いていたある日の朝、いつもとは明らかに違う「異常」が私の体を襲います。

運動会の「ぐるぐるバット」?立ち上がれないほどの激しいめまい

布団から起き上がろうとした瞬間、視界が大きく歪みました。

例えるなら、運動会でやる「ぐるぐるバット競技」の直後のような感覚です。景色がぐるぐると回転し、立っていることすらできず、その場に崩れ落ちそうになりました。

「……これは何だ? 少し休めば治るだろうか……」

激しい吐き気とめまいに耐えながら、横になってしばらく様子を見ました。少し時間が経つと、奇跡的にめまいが落ち着いたため、私は「よし、仕事に行ける」と判断してしまいました。

今振り返ると、この判断こそが非常に危険な賭けだったのです。

「代わりに運転する人はいない」無理をして向かった現場と限界

当時の職場は人手不足で、突然休んでも代わりにトラックを運転してくれるドライバーはいませんでした。

  • 「自分が穴をあけるわけにはいかない」
  • 「自分が行かなければ荷物が届かない」

そんな責任感だけでハンドルを握り、何とか午前中の配送業務だけは終わらせました。しかし、昼前にはもう限界が来ていました。頭の奥が重く、立っているのもやっとの状態です。

私は会社へ電話をかけ、こう伝えました。

「今日はもう体調が限界なので、帰らせてください。」

当時は半ば「このまま会社を辞めることになっても構わない」というほどの勢いと悲壮感で話していたのを覚えています。それほどまでに、体は途方もない危機に直面していました。

脳神経外科で測定した衝撃の血圧数値「210 / 120」

何とか自宅へ戻った私は、すぐに近くの脳神経外科を受診しました。受診後、まずは看護師さんに血圧を測ってもらうことになりました。

測定器のデジタル画面に表示された数値を見て、目を疑いました。

  • 初回の測定結果:上 210 / 下 120 mmHg

「これは、さすがにおかしい……」

あまりの高さに看護師さんも驚き、少し時間を置いてもう一度測り直すことになりました。しかし、2回目の結果も「上 180 / 下 110」という、極めて危険な高血圧状態を示していました。

待合室で感じた「なぜか恥ずかしい」という感情

脳神経外科の待合室には、高齢の患者さんがたくさん座っていました。その中で50代の自分が「血圧210」という凄まじい数値を出していることに対して、当時の私は「なんだか恥ずかしい……こんな数値を叩き出しているのは自分だけじゃないか」という謎の羞恥心を感じていました。

しかし、今ならはっきり分かります。

高血圧は恥ずかしがることではなく、命に関わる「サイレントキラー(静かなる殺し屋)」の警告メッセージです。

あの時の私は、脳の血管が破裂しかけているほど危険な状態だったのです。

次回予告:医師から告げられた病名「微小小脳出血」とMRI検査

血圧測定を終えた後、私はすぐに医師の診察を受け、MRI検査を行うことになりました。

そして下された診断が、「微小小脳出血」だったのです。

次回の記事では、MRI検査の様子や、実際に病名を告げられた瞬間の心境、そしてその後の入院生活について詳しくお話しします。


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